友を想う詩! 渡し場
97才にての上梓
コロイド化学史
新設:2020-06-01
更新:2022-10-31

 「コロイド化学史」
 
北原文雄

2017年9月1日 サイエンティスト社 刊

ISBN 978-4-86079-085-1
定価 (本体 2500円+税)
『コロイド化学史』表紙

コロイド・界面化学とその化学史を専門とする
著者の北原文雄(きたはら あやお)先生は

80才で化学史学会の会員となり
コロイド化学史といえるような成書が
世に見当たらないことに気付き

自ら「成書」作成に挑戦を続け

満97才となった2017年に
多くの方の力添えを得て
『コロイド化学史』を上梓

他に類のない貴重な書籍

巻末の[文献と注]、[人名索引]、[事項索引]は
コロイド化学の足跡を辿る人には
良き「道しるべ」となるであろう

著者の承諾を得て
[はしがき] [目次] [終章] を転載した
『コロイド化学史』裏表紙

『コロイド化学史』menu


はしがき

愚者は経験を尊び 賢者は歴史に学ぶ (先人の言)

本書はコロイド化学、界面化学を学ぶ方々に対してテキストの副読本として、その方面を専攻されている方々には過去を顧みて将来を尋ねる一つの手段として、また化学史に関心のある方には一つの case study として、お役に立てたらと望んでいる。

著者は大学で約40年、コロイド化学・界面化学(以下、コロイド化学と略す)の講義を担当するとともに、その分野の一部分について研究に携わってきた。その間この分野の歴史の一部について見聞する機会もあった。特にこの分野の先端の研究に励みながら、科学史にも通じておられるある先輩の背中も見つめてきた。そして齢80にして化学史学会に入会して勉強をはじめた。ぼつぼつと、コロイド化学史のテーマについて断片的にいくつか学会で発表、論文にしているうちに、コロイド化学史といえるような成書が国の内外を通じて見当たらないことに気付いた。そこで、不肖自分でやってみようと思い立ちこの書が日の目を見ることになった。

本書の骨組みの概略を記しておきたい。コロイドの近代的研究は19世紀の初頭から中葉にかけてはじまった(第1章)。1861年"コロイド"概念が提示され、世紀の替わり頃にかけてコロイドの実験的研究が種々行われ、シュルツェ・ハーディの法則が発見された(第2章)。20世紀に入るや、コロイドを専攻する研究者たちが現れ、コロイド化学という新分野が誕生し、さらにミセルコロイドが生まれ、実験的研究が大きく進展した(第3章)。拡がったコロイド化学の中で主流を占める疎水コロイドについて、その安定性の理論化はコロイド化学の中の大問題であった。これが20世紀中葉までに解決をみた(第4章)。遡って序章では"コロイド"とは何かを取り上げ、その最後のところで著者の志すところを述べた。

本書では煩雑とみられるほど多くの文献を挙げた。これは内容をもっと深めたいと望む読者のための道標である。本書の人名は『化学史事典』(化学史学会 編,化学同人(2017))に、項目名は『学術用語集・化学編』(文部科学省・日本化学会 編,南江堂(1986))にできるだけ拠ることにした。

本書の刊行にあたり諸方面で大変お世話になった。

機関誌『化学史研究』の論文中の図の引用を許可してくださった化学史学会にお礼申し上げる。特に、著者に化学史への目を開かせて頂き、長きにわたってご指導、ご鞭撻を頂いた立花太郎先輩、貴重なご著書を頂き、しばしば激励を頂いた古川安先生、有益な多くの資料を提供してくださった高木俊夫学兄、原稿を見て頂き貴重なご教示を下さった大島広行学兄、資料を提供し多大の関心を寄せていただいた前田悠学兄、資料収集その他でご手配いただいた朽津耕三学兄、文献調査でお世話になった日高久夫さん、永山升三さん、長谷川匡俊さんの皆様に厚い感謝の念をお伝えしたい。またオランダの情報を頂いたリクレマ(Lyklema)博士に深くお礼申しあげる。さらに本書の刊行をお引き受けいただき、多大のお骨折りを頂いたサイエンティスト社中山昌子社長と添田かをりさんに厚くお礼申し上げたい。

2017年6月  著者
目 次

序章 コロイドとは
0.1 コロイドの定義
0.2 コロイドの分類と用語
0.3 コロイドと界面
0.4 コロイドと環境

第1章 "コロイド"の先駆者たち―19世紀初期から中期まで―
1.1 時代背景
1.2 コロイド研究の黎明―リヒターとラウス
1.3 本格的コロイド研究の嚆矢―セルミの疑似溶液
1.3.1 セルミの経歴
1.3.2 セルミのコロイド―疑似溶液
1.3.3 セルミの研究の化学的意義
1.4 ファラデーのコロイド―金の液
1.4.1 時代背景とファラデーの生涯
1.4.2 ファラデーの金の液
1.4.3 ファラデーの金の液の研究の意義

第2章 コロイドの誕生とその実験的発展―19世紀中期から末期まで―
2.1 時代背景
2.2 コロイド概念の出現
2.2.1 グレアムの生涯
2.2.2 グレアムによる"コロイド"の誕生
2.2.2.1 コロイド状態とクリスタロイド状態間の移行
2.2.2.2 グレアムの"分子の構造"について
2.2.2.3 グレアムのコロイド以外の業績
2.2.2.4 セルミ、ファラデー、グレアムの関係
2.3 コロイド研究の実験的展開―無機コロイドへ
2.3.1 シュルツェの出現と無機コロイドの展開
2.3.1.1 シュルツェの生涯
2.3.1.2 シュルツェの業績
2.3.2 ゾルの均一・不均一論争
2.3.2.1 ムトマンお銀ゾル
2.3.2.2 カレイリーの反撃
2.3.2.3 バラス・シュナイダーの不均一説
2.3.2.4 ピクトン・リンダーの研究
2.3.3 ジグモンディの登場と限外顕微鏡の開発
2.3.3.1 ジグモンディの経歴
2.3.3.2 ジグモンディの均一説
2.3.3.3 ステックル・ヴァニノの反論
2.3.3.4 ジグモンディの再反論と迷い
2.3.3.5 限外顕微鏡の開発とその影響
2.3.4 コロイドの電荷と電気二重層
2.3.4.1 界面動電現象序論
2.3.4.2 ウィーデマンの経歴と研究
2.3.4.3 物理学者キンケの場合
2.3.4.4 19世紀偉大な科学者ヘルムホルツと電気二重層
2.3.5 シュルツェ・ハーディの法則
2.3.5.1 ハーディの経歴
2.3.5.2 ハーディの業績
2.4 19世紀後半コロイド研究の特質と補遺
2.5 19世紀の界面化学概況(20世紀初期を含む)
2.5.1 表面張力について
2.5.2 吸着(溶質―固体間について)

第3章 コロイド化学の成立とその発展―20世紀初期から1930年頃まで―
3.1 時代背景特にドイツを巡る情勢
3.2 コロイド化学の成立
3.3 20世紀前半の若きコロイド化学者群像
3.3.1 バンクロフト
3.3.2 ドナン
3.3.3 ワイマルン
3.3.4 フロイントリッヒ
3.3.5 マックベイン
3.3.6 オストヴァルト
3.3.7 スヴェドベリ
3.3.8 若き群像の記の終わりに
3.4 コロイド化学の発展
3.4.1 コロイド状態論
3.4.2 分子の実在性とコロイド
3.4.3 超遠心法の開発とコロイド
3.4.4 英国におけるコロイド化学の発展
3.4.5 コロイド研究の実験的拡がり―フロイントリッヒの業績
3.4.6 ミセルコロイドの誕生と発展
3.4.6.1 石鹸分子は会合体を作るか
3.4.6.2 マックベインとライヒラーの発見
3.4.6.3 ミセル概念の充実・発展
3.4.6.4 ロッターモザーらのもう一つの実験
3.4.6.5 ハートレーによる古典ミセル論の成立
3.4.6.6 ミセル論の周辺
3.4.7 北米におけるコロイド化学(1935年頃まで)
3.5 本章のおわりに

第4章 コロイド化学からコロイド科学へ―1930年頃から1970年頃まで―
4.1 時代背景と科学界の情勢概観
4.1.1 時代背景
4.1.2 科学界の状況概観
4.2 疎水コロイド安定性の理論を求めて
4.2.1 シュルツェ・ハーディの法則の定式化
4.2.2 シュルツェ・ハーディの法則の理論化の試み―吸着説
4.2.3 新しい電気二重層の構造―拡散電気二重層
4.2.3.1 電気二重層について当時のある化学者の認識
4.2.3.2 グイとチャップマンの電気二重層の構造
4.2.3.3 もう一つの電気二重層―デバイ・ヒュッケルのイオン雲
4.2.3.4 シュテルンの補正
4.2.4 疎液(水)コロイドの安定性と熱力学的観点
4.2.5 分子間力と量子力学
4.3 疎水コロイド安定性の理論
4.3.1 序曲―カルマン・ウィルシュテッターの試論
4.3.2 疎水コロイド安定性理論誕生前夜
4.3.2.1 ソ連グループの第2次大戦前の動き
4.3.2.2 オランダ学派の戦前の活動
4.3.3 疎水コロイドの安定性理論の誕生
4.3.3.1 DLVO理論の誕生―戦中から前後にかけてのソ連とオランダの研究
4.3.3.2 DLVO理論の解説―ポテンシャル曲線を使って
4.3.4 DLVO理論の拡がり
4.3.4.1 ヘテロ凝集
4.3.4.2 タクトゾル
4.4 粒子間の非電気的相互作用
4.4.1 吸着性高分子の作用
4.4.2 非吸着性高分子の作用―枯渇作用
4.5 粒子間力(表面力)の直接測定
4.6 本章の終わりに

終章 本稿の終了にあたって

文献と注

人名索引

事項索引
終 章 本稿の終了にあたって

筆者は序章の”0.4 コロイドと環境”の項で本書の意図するところを述べた。すなわち、化学史では化学研究の社会的背景、社会との相互作用を考えること、研究者の人間性(人柄)を考慮に入れること、研究や業績間の関連性をよく調べることなどを意図しつつ綴っていかねばならないと述べた。この意図がどれだけ果たされたか?筆者の力不足のため満足な結果とはいえない。

さらにコロイド化学史として取り上げた内容についてみると本書には大きな欠陥があることを認めざるを得ない。本書では親水コロイドに属するミセルコロイドの化学史は語っているが、本来の親水コロイド化学史はほとんど記されていない。これはあえてはじめから意図していたことであるが、改めて読者には御許しを請わねばならない。

話題を転じる。近時、高分子(溶液のみならず固体、結晶も含む)、分散コロイド、ミセルを作る両親媒性物質、それに液晶を総合した物質群をソフトマターまたはソフトマテリアルと捉えて、科学を総括的に調べていこうという考え方があり、そうした表題のテキスト(イアンW.ハムレー著,好村滋行 他4名共訳,『ソフトマター入門―高分子・コロイド・両親媒性分子・液晶―』, シュプリンガーフェアラーク東京(2002))も刊行されている。ソフトマターとは液晶を除くと正にコロイドの現代版に他ならないようにみえる。この捉え方が将来有効なビジョンになるか注目したい。

最後に、筆者は親水コロイドも含んだコロイド化学史、または別の史観に基づくコロイド化学史の出現を願ってやまない。本書はコロイド化学史研究の試論である。

《注》
日本におけるコロイド研究としてはセルミに遅れること約60年後の1908年最初の論文が発表された。しかしそれ以前に欧州での日本人留学生の研究活動があり、先進国の研究情報の収集が行われていた。日本におけるコロイド化学史に相当する文献としては下記があることを申し添えたい。
立花太郎,北原文雄,妹尾学,「日本におけるコロイド・界面化学の歴史的変遷」,『化学史研究』,29(2002):237-246,30(2003):26-35,30(2003):84-92.