友を想う詩! 渡し場
魅せられ語り継ぐ人々
水野 丈夫
新設:2012-10-26
更新:2022-10-31
ウーラント原作「渡し場」を語り継ぐ人々

略  歴
(みずの たけお)   1927年~

昭和2年(1927) 長野県で誕生
横浜第二中学校(現横浜翠嵐高等学校)第27回卒
昭和19年(1944) 海軍兵学校入学
第一高等学校を経て、東京大学、同大学院卒
昭和47年(1972) 東京大学教授
東京大学教授を定年退官後、帝京大学教授
東京大学名誉教授
語り継ぎの足跡-1
平成21年(2009)12月発行の翠嵐会報第23号の『絆』と題した「巻頭言」冒頭で、ウーラント原作「渡し場」を次のように紹介している。その詳細が翠嵐会公式Webサイトに載っていたが 2020-05-09の時点では 見当たらなくなっている。

いま私の手元にドイツ語の美しい詩、ウーラント作、『渡し場にて』がある。川はラインかネッカーか。抄訳すると、「その昔、親しい友と三人で一度渡ったことがある。一人の友は静かに生きて世を去った。もう一人は勇ましくいくさの庭で散華した。大事な友の亡き後のさびしい思いが胸に染む。渡し賃だよ、船頭さん、三人分を取っとくれ」。

語り継ぎの足跡-2
平成23年(2011)5月21日開催の翠嵐会総会で『いのちの声を聴く』と題して、「特別講演」を行った。そのとき、水野丈夫は、卒業生と翠嵐高校現役学生に対し、最初にウーラント原作「渡し場」の原詩と口語体訳詩(猪間驥一訳※)を印刷物として配付のうえ紹介してから、演題に掲げる『いのちの声を聴く』の話を展開した。その最初の部分を「翠嵐会」公式サイトから次のとおり転載させていただく。詳細は「翠嵐会」公式サイト該当ページをご覧頂きたい。

<※>本サイト「口語体訳詩」ページ掲載の「口語体訳詩-1」および「原詩」と同等のもの


まず、配付資料をごらんください。これはウーラントという人が作った『渡し場で』という詩です。(訳詩をかいつまんで朗読)

この詩を日本に紹介したのは新渡戸稲造です。お札(旧五千円札)になっていましたね。1887年にドイツのボン大学に留学したとき、ウーラントのこの詩を耳にしました。

のちに、彼は旧制第一高等学校の校長にもなりました。一高生たちを前にこのドイツ語の詩を朗唱して聞かせたところ、生徒たちは、ウーラントのあつい友情に感激しました。彼らも青春を生きていましたから。

そして、ある生徒は、美しいこの原詩をいっぺんに覚えてしまいました。その後、それが一高生や卒業生の間に代々伝わって、ついに私の耳にまで入ったという次第です。

ウーラントは、後期ロマン派の詩人で、弁護士でも国会議員でもあった立派な人です。