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石橋湛山の経済政策思想
経済分析の帰結としての自由主義、民主主義、平和主義
新設:2021-02-20

 「石橋湛山の経済政策思想」
経済分析の帰結としての
自由主義、民主主義、平和主義

原田泰 和田みき子 共著

2021年2月15日 日本評論社 刊

ISBN 978-4-535-55979-0
定価 (本体 3600円+税)
「石橋湛山の経済政策思想」表紙

石橋湛山(いしばし たんざん) 1884-1973

石橋の自由主義・民主主義・平和主義の思想は
広く研究され高く評価されているものの

その経済思想と経済政策は不十分な評価しか得ていない
石橋の恐慌理解が ケインズも 現代の大恐慌理解をも
超える面があったのではないか と本書は提起し

石橋の経済政策思想に焦点を当てながら
石橋の小日本主義を再評価する

昭和初期から現在に至るまでの経済政策思想を
通説にとらわれず 学ぶ者には 好適な本といえる
石橋湛山(国立国会図書館蔵)
国立国会図書館Webサイト[近代日本人の肖像]より

[参考] 石橋湛山略歴(石橋湛山記念財団webサイト)

『石橋湛山の経済政策思想』 menu


目 次

はしがき
第1章 石橋湛山の昭和恐慌理解
はじめに
1.日本における昭和恐慌の理解
 『日本銀行百年史』の高橋財政評価
 今日の昭和恐慌の計量分析
2.石橋湛山の昭和恐慌当時の論説
3.昭和恐慌のもたらした社会変化
4.物価賃金論争の事実
結語
第2章 石橋湛山の昭和恐慌理解はなぜ葬られたのか
はじめに
1.『日本人の海外活動に関する歴史的調査』の未公刊
 石橋はなぜ追放されたか
 なぜ吉田はマルクス主義者を重用したのか
2.戦後インフレと石橋のインフレーショニストとしての評価
 石橋財政の考え方
 石橋の石炭増産政策と有沢の傾斜生産はどこが違うのか
3.小宮隆太郎の昭和恐慌理解
結語
第3章 石橋湛山の昭和恐慌理解とケインズの金融理論
はじめに
1.ケインズの大恐慌理解
 金本位制と金融政策
 ケインズの見た資本主義
2.日本のケインジアンの金融政策無視の背景
 国家介入を求める日本のケインジアン
 物価と景気回復の関係
3.石橋こそがケインズの精神をもっていた
 ミーゼスの破壊的思考と日本のケインジアン
 ケインズの考える財政政策の本質
結語
第4章 戦後インフレーションは石橋湛山の責任か
はじめに
1.石橋財政の考え方
 戦後インフレーション
2.日銀発行銀行券と物価
3.生産の回復と物価
 輸入再開が日本経済を救う
4.貨幣数量理論による物価の解釈
 なぜ通貨が増えたのか
結語
第5章 石橋湛山なら現在の金融政策をどのように考えるか
はじめに
1.現代との対応
2.石橋が現在の金融政策を支持するであろうことは明白
 石橋のリフレーション論
3.石橋の論点と重なる今日の論点
結語
第6章 なぜ傾斜生産方式が有沢広巳の業績になったのか
はじめに
1.石橋蔵相の石炭増産計画
2.有沢の傾斜生産方式と自身の評価
 有沢(1947・1)「社会化」論文の理解
 有沢(1949・10)「工業政策」論文
3.中村(1957・4)「補給金」論文(1950年代の傾斜生産理解)
4.有沢の新たな解釈と評価【1960年代】
  有沢編「産業講座」
  ――経済企画庁編『戦後経済史』
  ――有沢・稲葉『戦後20年史』
 有沢・大来(1966)「証言」での新しい主張
5.【1970年代】の中村の軌跡
 石炭小委員会メンバー座談会での中村の発言
6.有沢死去後の傾斜生産理解【1980年代末〜1990年代】
 中村(1993)『日本経済』第3版での記述の変更
小括
7.傾斜生産は本当に成功した経済政策だったのか
結語
第7章 石橋湛山と太平洋会議――人口問題を中心に
はじめに
1.人口を減らすのではなく、仕事を殖やす
 日本の人口の将来予測
 人口の「国内移住」
2.保護貿易主義との闘い
 ロンドン世界経済会議(1993年6-7月)
 パンフ太平洋会議(1933年8月)
  貿易協定の意義
 ヨセミテ太平洋会議(1936年8月)と世界開放主義
 二つの通商協定の締結
 「コンゴー盆地条約」精神の提唱
 佐藤外相の通商外交
 日中戦争以後――人口問題は解決していた
3.日本の輸出は世界の利益を奪ったのか
結語
結論 石橋湛山の経済政策思想とは何か
あとがき
参考文献
石橋湛山略年譜
索引



著者紹介

原田 泰(はらだ ゆたか)
 1950年 東京生まれ

本書『石橋湛山の経済政策思想』刊行時:
 名古屋商科大学ビジネススクール教授

1974年東京大学農学部農業経済学科卒業、1979年米国ハワイ大学経済学修士課程修了、2012年学習院大学経済学博士課程取得

経済企画庁入庁、同庁国民生活局国民生活調査課長、調査局海外調査課長、財務省財務総合政策研究所次長
(株)大和総研専務理事チーフエコノミスト、早稲田大学政治経済学術院教授、日本銀行政策委員会審議委員などを経る

著書と受賞:
1999年『日本の失われた十年』日本経済新聞社刊、2003年『奇妙な経済学を語る人々』日本経済新聞社刊、2004年『昭和恐慌の研究』(岩田規久男、中澤政彦他との共著、2004年第47回日経・経済図書文化賞受賞)東洋経済新報社刊、2004年『デフレはなぜ怖いのか』文春新書、2004年『長期不況の理論と実証』(浜田宏一、内閣府経済社会総合研究所との共編著)東洋経済新報社刊、2005年『人口減少社会は怖くない』(鈴木準との共著) 日本評論社刊
2007年『日本国の原則』日本経済新聞出版社刊 2008年第29回石橋湛山賞受賞、2009年『日本はなぜ貧しい人が多いのか―「意外な事実」の経済学』新潮社刊、2012年『震災復興―欺瞞の構図』新潮社刊、2012年『昭和恐慌と金融政策』(佐藤綾野との共著)日本評論社刊、2013年『リフレが日本経済を復活させる』(浜田宏一、岩田規久男との共編著)中央経済社刊、2014年『日本を救ったリフレ派経済学』日本経済新聞社刊、2015年『ベーシックインカム』中央公論社刊、2017年『アベノミクスは進化する』(片岡剛士、吉松崇との共編著)中央経済社刊 など


和田 みき子(わだ みきこ)
 1951年 福岡生まれ

本書『石橋湛山の経済政策思想』刊行時:
 近代史研究家
 明治学院大学社会科学部付属研究所研究員

1975年早稲田大学第一文学部社会学科卒業、龍谷大学大学院経済学研究科民際学コース修士課程修了、明治学院大学大学院社会学研究科後期博士課程修了

コピーライターとして働く傍ら フィリピン・ミンダナオ島にて保健プログラムに参加、NGO「アジア井戸ばた会」を設立し日本の上総掘り技術を現地に伝える、助産婦(師)資格を取得後フランスの産院にて研修

2016年 論文「自由主義経済学者、猪間驥一の人口問題研究およびその近代史認識―1920~1940年代の考察―」にて 明治学院大学から「社会学博士」の学位を授与された

著書と受賞:
1982年9月 「アジア井戸ばた会議」『国際交流』第8巻4号 国際交流基金編刊
2009年1月 論文『1920年代の都市における巡回産婆事業―経済学者、猪間驥一の調査研究を通して―』にて 第4回河上肇賞奨励賞を受賞
2011年 「『日本人の海外活動に関する歴史的調査』成立の過程:経済学者、猪間驥一と大蔵大臣、石橋湛山の公職追放」『明治学院大学大学院社会学研究科社会学専攻紀要』35号 紀要編集委員編刊
2013年12月 『猪間驥一評伝 日本人口問題研究の知られざるパイオニア』原人舎刊
2017年 「1924年の猪間驥一東京帝国大学経済学部追放事件」『明治学院大学大学院社会学研究科社会学専攻紀要』41号 紀要編集委員編刊 など