友を想う詩! 渡し場
魅せられ語り継ぐ人々
堀 愛子
新設:2012-10-14
更新:2021-09-01
ウーラント原作「渡し場」を語り継ぐ人々

略  歴
(ほり あいこ)
語り継ぎの足跡-1
昭和50年(1975)7月22日付朝日新聞(東京版)「声」欄に「思い出の歌によみがえりを」と題した鎌倉在住の医師・佐藤裕の投書が載った。このときは、猪間驥一による昭和31年(1956)の投書から19年後であったが、反響が大きく広がり、朝日新聞(東京版)は同9月15日に「投書を追って」欄で「”心の詩に”親しめる新曲を」の見出しを付けて、反響の一端を紹介した。その中に、この詩を「私の鎮魂歌」という堀愛子の思いが、次のとおり載っていた。


堀 愛子さん(相模原市・主婦、45)

もう十四、五年もまえに夫を亡くし、私自身も療養中でした。そのとき、ふと目にした月刊雑誌に猪間先生の感動的な、楽譜つきの一文を読んで知ったのです。私の父は昭和十七年五月、航空母艦「加賀」の軍医長として乗り組み、ミッドウェー海戦で沈没、九死に一生を得て帰国しました。以来、口ぐせのように言っていましたのは「まだたくさんの同僚が南の海底に眠っている。私の遺骨は、必ずミッドウェー海域に」でした。先年、父が亡くなりましたので遺言どおり、分骨して花束といっしょにしずめてきました。私は生ある限り、うたいつづけます-。