友を想う詩! 渡し場
魅せられ語り継ぐ人々
佐藤 裕
新設:2012-10-14
更新:2021-09-01
ウーラント原作「渡し場」を語り継ぐ人々

略  歴
(さとう)

語り継ぎの足跡-1
昭和50年(1975)7月22日付朝日新聞(東京版)「声」欄に「思い出の歌によみがえりを」と題した投書を行い、大きな反響を呼び起こした。

鎌倉市 佐藤 裕 (医師、58才)

「リリー・マルレーン」が最近よみがえりを見せ、日本中に広がっている。レコード会社は復刻に大わらわとなり、ファンの層も戦争を知らない人々の間にずんずんと広がっているようである。しかし、このうたはあくまでもひっそりと静かに聴きたいと願うのは私一人ではあるまいと思うが、どうであろうか。まして軍歌とびかう戦友会の酒席等で唱和したいとは思わない。歌うなら心の中で歌いたい。

私は昭和十七年、K大医学部を出てすぐ従軍した。その時、卒業のクラス同期生百人のうち二十六人が戦死(戦病死を含む)した。最大の戦争犠牲クラスである。そろそろ八月十五日の敗戦記念日がやってくる。この時が近づくたびに私は、忘れがたい思い出を残していった戦友を思い出してはウーラントのネッカ川の「渡し場にて」を口ずさまずにはいられなくなる。字数の関係で、第二、第三連と最後の第六連を拾ってみる。

この小舟には あのときは
わたしと二人の つれがいた
おとうさんにも 似た友と
のぞみに燃えた 若いのと

ひとりは静かに はたらいて
人に知られず 世を去った
もうひとりのは いさましく
いくさの庭に 散華した

渡し賃だよ 船頭さん
三人分を とっておくれ
わたしと一緒に ふたありの
みたまも川を こえたのだ


実は約十年前にR大K教授が原譜出版社を教えて下さったが、当時すでにこの出版社はつぶれていて楽譜の入手ができなかった。音楽に関係をもたれる方々、このうたにも「リリ-・マルレーン」に次いで、よみがえりを与えていただけないものだろうか。

補  足
佐藤裕の投書は、猪間驥一による昭和31年(1956)の投書から19年後であったが、反響が大きく広がって、朝日新聞(東京版)は同9月15日に「投書を追って」欄で「”心の詩に”親しめる新曲を」の見出しを付けて、反響の一端を紹介した。

本サイト内 「渡し場」の「楽譜を求めての旅路」第2幕 (1975-1998年)~「渡し場」の舞台・ドイツを巻き込んでの探索~を参照されたい