按針亭
友を想う詩!
新設 : 2013-05-01
更新 : 2016-03-18
文語体訳詩(解説と吟詠)
髙槻貞夫
友を想う詩! ウーラント原作「渡し場」に 魅せられ語り継ぐ人々

    略  歴    

(たかつき さだお) 1932年(昭和7年)~

昭和7年(1932) 愛媛県宇和島市で誕生
愛媛大学教育学部卒業
中学校教諭を経て愛媛大学教育学部で英語教育の講座を担当
平成9年(1997) 愛媛大学を退職し、愛媛大学名誉教授

語り継ぎの足跡




















昭和31年(1956)9月13日付朝日新聞「声」欄の猪間驥一の投書を読んで感銘を受けた髙槻貞夫は、中学校教師になって3年目で、初めて3年生の担任になって張り切っていた。そこで、担任のクラスで猪間驥一の投書を読んだ。
すると、生徒はこころを動かし、皆で手分けして、学校の図書室、市立図書館、自宅の書棚などの訳詩集を探した。しかし、残念ながら求める詩を見つけることが出来なかった。

昭和32年(1957)7月、猪間驥一は前年の朝日新聞への投書がもたらした反響などを一冊の本にまとめ、題して「人生の渡し場」を三芽書房から出版した。この書籍「人生の渡し場」を髙槻貞夫が買い求め、担任クラスの生徒にも内容を伝えると共に、著者・猪間驥一宛に次の内容の手紙を書いた。①生徒と詩を探したが役に立てなかったこと、②自分も弟を投書が載った年に亡くしたこと、③生徒と一緒に猪間驥一のご子息の冥福を祈っていること。

この手紙に対し、髙槻貞夫は猪間驥一から美しい文字で書かれた長文の返書を受け取った。そこには、次のことが記されていた。①生徒と共に詩を探し求めたことに対するお礼、②亡き弟へのお悔やみと髙槻貞夫への励まし、③生徒の皆さまによろしく。

平成10年(1998)10月から平成11年(1999)3月まで、髙槻貞夫は「愛媛新聞」学芸欄の随筆コラム「四季録」に毎土曜日担当として25回にわたり随筆を掲載した。そのうち、最終回の1999年3月27日の随筆は「人生の渡し場」と題して、ウーラント原作「渡し場」の詩、猪間驥一の投書、中学校の担任生徒と共に図書館などで詩を探したが見つけ出せなかったこと、そして、髙槻貞夫と猪間驥一との往復書簡に関するものであった。

平成11年6月、髙槻貞夫は「愛媛新聞」の「四季録」連載の25篇に、他からの転載2篇を加え、「渡し場の詩」とした書籍を自己出版した。収載の随筆は、何れも、著者・髙槻貞夫がそれまでの人生で出会い交わった人びと、親しき人びとに対する思い~ウーラントが「渡し場」の詩の中で抱いたのと同じ懐かしい思い~を綴ったもので、同じ「人生の渡し場」に乗り合わせたということから、書籍名に「渡し場の詩」を選んだという。

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