按針亭
友を想う詩!
新設 : 2012-10-14
更新 : 2016-03-18
文語体訳詩(解説と吟詠)
難波準平
友を想う詩! ウーラント原作「渡し場」に 魅せられ語り継ぐ人々

    略  歴    

(なんば じゅんぺい)  生年、没年ともに不明

大正2年(1913) 一高に入学し、その後中退
大学教授
昭和25年(1950)、中央大学予科、ドイツ語講師

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語り継ぎの足跡
昭和25年、難波準平は中央大学予科卒業間近のドイツ語最終授業で、後に「渡し場」文語体共訳者の一人となった「小出健」ら学生に、「渡し場」の原詩と英訳を特別にプリントのうえ配付し、泣かんばかりに詠じながら教えた。

    参  考    

小出健は、昭和31年(1956)9月13日付朝日新聞(東京版)「声」欄に載った猪間驥一の投書「老来五十年 まぶたの詩」に対し、自らの訳詩を添えて書面を送り、昭和31年(1956)10月7日付週刊朝日67ページに次のとおり紹介された。


(28歳、北多摩郡国分寺町内藤新田)

昭和25年、中央大学予科を間もなく修了するころ、ドイツ語の時間に難波準平講師が、 ザラ紙にタイプした原詩と英訳を学生たちに配った。
「もう来年から教えなくなる諸君に、記念としてこの詩を贈る。諸君も学部に進めばだんだんチリジリになるだろうが、友だちはいつまでも忘れないようでありたい」
というのだった。学生が、迫ってきていた試験の範囲をきくと、「この詩の一節も出しますから、よく覚えておいて下さい。」との返事だった。
難波先生は、センベツだからといったが、学生は、プリント代に1円ずつ集めて差しあげたのも、忘れられない。戦災で両親を失ったせいでもあるんでしょうか、忘れられません。

ウーラント原作、猪間驥一・小出健共訳文語体詩

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